さて前回新平がタソガレドキの若い衆から「殺蔵がプロ忍だらけの忍術大会」を主催すると聞かされ、会場の下見兼主催者の護衛の任務を受けることになった一同。
何かあるといけないと思い、魅神は同級生で体育委員の小杉武蔵に協力を依頼した。
「任せろ。俺だって方丈先輩や戸部先生のように剣の道を究めたプロを目指しているんだ」方丈先輩は超えるべき壁であり、戸部先生は俺の目標だからな、と武蔵は言う。
「前にもあったなぁ、プロ忍だらけの忍術大会って…。今回はどんな顔ぶれになるんだろうなぁ」
護衛には剣の腕の立つ生徒及びOBがついた。優は「本戦出場とまではいかなくても、ここで自分の実力が見せられたらラッキーだなぁ」と思っていた。
「優、何だか興奮しているようだな」
「はい!僕の実力を少しだけでも見せられたら嬉しいな~って…」
「ふふふ。お前もいずれは私のようにプロ忍になるんだろうな」
と、彼らの前に怪しい影が立ち塞がった。実に凶悪な面構えで、鬼のような風貌だ。腰には斬馬刀を佩いている。おまけに全身傷跡だらけで、かなりの手練れであることも窺い知れる。
「何だ貴様は」
怯むことなく、殺蔵が鋭い眼差しで誰何する。するとその鬼のような男はこう答えた。
「名乗るほどの者でもない。邪魔者を排除し、己の野望を達成するために私はここにいる」
「貴様…『プロ忍だらけの忍術大会』を阻止するつもりか!!」
「いかにもそのつもりだ。そして尼崎殺蔵、貴様を倒して私が忍界の頂点に立つ!!」
言うなり男は斬馬刀を手にし、それを軽々と一振りした。するとどうだろう…
『!?』
なんと、この一振りだけで周囲の木々が薙ぎ倒されていったではないか!殺蔵は顔を強張らせ、優は小さく悲鳴をあげた。
「気をつけろよ魅神!あいつ、剣の腕も凄いぞ…!」
気圧された様子の一同に、男は邪悪な笑みを浮かべた。
「貴様らはここで、我が斬馬刀の錆となってもらう!!」
そう言って男が切りかかってくる。魅神は咄嗟に水の壁を作り出したが、一太刀で切り裂かれた。
「うわっ…」
「大丈夫か!」
「壁がなかったら致命傷負ってましたよ…!」
「危機一髪だったな…。真っ向から相手してもあの力で押し潰される…ならば!」
殺蔵は髪の毛を数本抜き、それに妖力を込めて男に吹き付けた。すると髪の毛が光の鎖となり、男を捕えた。
「むっ…」
動きを止めた今がチャンスと、一同は手に手に刀を構え飛び掛かった。だが…
「無駄だ!」
男は斬馬刀を振るい、光の鎖を断ち切ってしまった。
『なっ…!?』
あまりの怪力ぶりに言葉を失う一同。だがすぐに体勢を立て直し、切りかかる。
「甘い!」
男は軽々と斬馬刀で一同の攻撃を受け止め、返す腕で一薙ぎした。
「ぐっ…」
優は1年生ということで他の皆より小柄であることを利用し、すばしっこく動き回って男を翻弄し、隙を突いて斬ろうという作戦に出た。
「鬱陶しい羽虫だ…」
男が斬馬刀を振り回す。優はそれを己の忍び刀で受け止めた。重い衝撃に耐える優。と、その時一大事が起きた。
「ああっ…!」
なんと、敵の一太刀を受け止めた優の忍び刀が、3つに折れてしまったのだ。普通日本刀は頑丈で折れづらい構造になっているのだが、それがこの一撃でこの有様である。
それだけの破壊力がこの男の攻撃にはあったということが窺い知れた。優は改めて、その強さに戦慄した。
「ふんっ!!!」
男は斬馬刀をフルスイングした。堪らず吹っ飛ばされる一同。
『うわあああああああああああああ!!!』
殺蔵は地面に倒れ伏し、竜彦と翔太は横っ飛びに吹っ飛んで木の幹に叩きつけられ、崩れ落ちた。優・魅神・武蔵は空中高く吹っ飛び、頭から墜落した。
建家はどうにか踏みとどまったが、頼みの綱の三日月宗近と数珠丸恒次が吹っ飛ばされた衝撃で手元から離れてしまっているので対抗する手立てがない。
「ふっ、大したことはなかったな。ここで貴様の人生、そして威光は終わりだ!!」
高々と振り翳される斬馬刀。あの殺蔵も絶望するのか、と優は痛みに耐えながら思った。
「(くっ…あの刀が折れていなければ、僕は…!)」
絶体絶命。と、その時であった。
『各々方、諦めるには早すぎるぞ!!』
轟くような、堂々とした声が響いた。それに続き、凛と澄み切った声が続く。
『私達が力を与えましょう!受け取ってください!』
声の主はそれぞれ、竜神丸と羽々斬だった。2振の刀身が、金と銀に眩く輝く。
「竜神丸!お前、終に直接我々に…!」
『主が困っているのを見過ごす家臣がいるか』
「羽々斬…我々を案じてくれているんだな!ありがとう…!」
『いえ、私達は当然のことをしたまでです』
「な、何だ…?」
男は何事かと周囲を見回している。眩い光の中、優の忍び刀の破片が淡い光を発し、それぞれ切っ先が短刀、中ほど辺りの刀身が脇差、柄に近い辺りが打刀にそれぞれ変化した。
「わっ、僕の刀が…3振の新しい刀に…」
『主…俺はあんたの刀剣だ。一緒に戦うよ!』
『ボク達があなたを守る!』
『歴史の守りだけでなく、君の力としても僕達はここにいる。心配しないで、僕達に任せてくれ』
「…うん、ありがとう!」
それだけではない。天下五剣達も言葉を話し出したではないか。
『主よ、俺達の力、見せてやろうぞ』
『あの者に、自らが犯した罪の重さを思い知らせてやりましょう』
「三日月宗近、数珠丸恒次…!…ああ、そうだな!」
『あいつの鼻っ柱のついでに、あの斬馬刀も圧し折ってやろう』
「大典太光世…!そうだな、そうするしかなさそうだな!」
言葉を失う男に対し、一同は眩く輝く刀を手に、一度殺がれた戦闘意欲を再び燃やしていた。そして…
『お前には、絶対に負けない!!』
「…ええい、無駄だ!味わっただろう、我が斬馬刀の威力を!」
男は斬馬刀を握り直し、再びフルスイングした。優は右手に打刀を、左手に脇差を握り、挟み込むように受け止めた。
「!?」
攻撃を受け止められたことで男は怯んだ。その隙に、殺蔵が童子切安綱で切りかかる。
「…っ!」
左肩にざっくりと裂傷を負い、男はよろめいた。魅神がそれを見逃さず、大典太光世で足元を薙ぎ払う。
「うぁっ!?」
倒れ込んだところに、武蔵が大包平で男の右手を深々と突いた。男は絶叫し、思わず斬馬刀を離してしまった。そこをすかさず、建家が柄を蹴り飛ばして遠くに弾き飛ばした。
「あ、あが…ぐぅ…!」
「五月蝿い口は塞いでしまおうか!」
しっかりと男の右腕を踏みつけていた武蔵、今度は小烏丸を男の頸動脈にひたり、と押し付けた。
「ぐ、ぐぅ、おのれ…!!」
「まだやれるのか?ならばこちらも応戦するまでだな」
そう言って、男がよろよろと振り翳そうとした左手に、建家は数珠丸恒次をざくり、と突き刺した。「ギャッ」と短い悲鳴があがる。
「どうした、途端に弱腰になったな」
「ち、違う…!」
「何がどう違うんだ」
「私はまだやれる…!」
「そうは言ってもこの深手では立っていることも困難だろう。それに両手を封じられては武器も持てまい」
「喧しい…!私は今まで何度も死線を掻い潜ってきたんだ…!」
「その武勲は見事だが、お前は思い上がりすぎた。傲慢は破滅を産む。それを身をもって思い知っただろう」
「ぐ、ぐぬぬぬぅ…!!」
男は余力を振り絞って起き上がったが、大分息が上がっていて、再び倒れるのも時間の問題だろうなと一同は思った。
竜彦と翔太は竜神丸と羽々斬を構えると、先ほど建家に跳ね飛ばされた斬馬刀めがけて振り下ろした。ばき、と鈍い音がして、斬馬刀はあれだけの頑丈さが嘘のように、小枝のように折れてしまった。
『悪く思うな…お主は仕える主を間違えてしまったのだ』
『せめて、安らかに…』
「ああ。今度は正しい心を持った者のもとに行けるといいな」
「そうだな…それを祈ろう」
「あ、あ…!?」
男は武器を失ったショックと、自分の斬馬刀がああも簡単に折れてしまったことへの困惑で言葉を失っていた。
「優、こやつにもとどめを刺してやろう」
「ええ、そうしましょう!僕達どころか、『プロ忍だらけの忍術大会』への脅威ですし」
同意する、と目で返答し、建家は三日月宗近を構えた。優も短刀を口に咥え、二刀流の構えを取る。
殺蔵がもう一度光の鎖で男の動きを封じる。魅神も水の鎖を作り出し、男の両手両足を完全に封じた。これでパンチもキックもできない。
「…パンチやキックができなくても、頭突きなら…!」
「まだ言うか」
建家は優にアイコンタクトを送り、三日月宗近で男を脇腹から真一文字に斬った。
「ぐぁぁっ…!」
苦痛に顔を歪める男の視界に、アイコンタクトを受けた時点で高くジャンプしていた優の姿が飛び込んでくる。そしてそのままX字に斬られた。
声にならぬ絶叫をあげる男。優は咥えていた短刀を手にすると、そいつで男の喉笛を掻っ切った。
「…お前に改悛のチャンスを与えようと思っていたが、お前はそれを望んでいないように、私には見えた」
血溜まりの中に倒れている男に、殺蔵は淡々と言い放った。
こうして危機は去ったのだが、翌日思いもよらぬ事態が起きることになるなど、この時の彼らは知る由もなかった…。
「おい、主。主、起きろ、朝だぞ」
「ん…?」
昨日聞いたのと同じ声と、力強い揺さぶりで魅神は目を覚ました。徐々に鮮明になる視界に映るのは、ボサボサの長い髪を竜馬同様後頭部で1房だけ束ねた、灰色の上着とズボンに黒いシャツ、黄色い防具をつけた大男だった。
「ヒェッ!!だっ、誰なんだお前は!?それに俺が何時お前の主になったんだ!?;」
一気に意識が覚醒し、魅神は思わず飛び退って一息に捲し立てた。すると大男は平然とこう答えた。
「誰だも何も、俺はあんたが大切にしている大典太光世だ」
「…え、は、お、大典太光世…お前が…?;;;」
「ああ。昨日竜神丸と羽々斬の妖力を浴びた影響か、こうして人の姿であんたの傍にいられるようになった」
まさかあの2振が持つ力がここまで強大なものであったとは。魅神はただただ唖然とするばかりだ。と、魅神のスマホに電話がかかってきた。出てみると建家で、珍しく取り乱した様子であった。
『魅神、聞いてくれ!俺の三日月宗近と数珠丸恒次が、人の姿になって俺の前にっ』
「落ち着いてください方丈先輩!実は俺の大典太光世も今朝人の姿になって…!」
『…何だと?お前もなのか!?』
「はい…恐らく尼崎先輩とドクササコの凄腕も今頃大騒ぎしている頃でしょう」
『どうするんだ、プロ忍だらけの忍術大会に出場するのに連れて行けるのか…ん、何だ?大典太光世と話がしたいだと?分かった分かった、ちょっと待て…』
「あっ、それなら俺も大典太光世と代わりますね。…スマホの使い方、分かるか?;」
「心配するな、それくらいの知識はある。…もしもし、俺が大典太光世だ…」
『おお、久しいな大典太殿。俺だ、三日月宗近だ』
『そして私が数珠丸恒次です。お久しぶりですね』
ビデオ通話になっていたので、お互いに顔が認識できる状態だ。スマホの画面には長い数珠を肩にかけた、長い髪と伏せられた瞳の細身の青年と、平安時代の狩衣を身に纏い虹彩には三日月のような模様が浮かんでいる、何処か浮世離れした雰囲気の青年が映し出されていた。
人の姿になりスマホで会話する天下五剣というのもなかなかシュールな絵面である。そこへ優が息を切らしながら飛び込んできた。一体どうしたのだと聞けば、あの折れた忍び刀から分かれて生まれた3振がやはり人の姿になったというのだ。
「お前もか!俺の大典太光世も、ほら、あの通りだ…」
魅神のスマホで「お前のオリジナルはこの尼崎市にあるそうだな」などと楽しそうに会話している大典太光世を見て、優は目を瞬かせてポカーンとしていた。
「な、何で大典太光世が先輩のスマホで話してるんですか…;」
「方丈先輩から電話で、三日月宗近と数珠丸恒次が人の姿になったと聞いてな。天下五剣同士話がしたくなったんだ…」
「えっ……ということは殺蔵さんとドクササコの凄腕も…」
「それは俺も思ったよ…。しかし、こんなことってあるもんかね?お前の折れた忍び刀が新しい3振のそれぞれ違う刀になったり、さらに人の姿になったり…」
「前代未聞ですよこれは!…あっ、そういえば立花先生と皆本先輩の刀ももしかしたら…」
この事件の少し前、仙蔵は伊作を守るため、さらなる力が欲しいと願っていた。その時ふと振り返ると、誰が持ってきたのか、足元に2振の打刀が静かに置かれていた。
また、金吾はいつものように剣の稽古を終えて部屋に戻ると、差出人不明の手紙と共に見事な打刀が1振、刀掛けに置かれていた。手紙を読んでみると「あなたと共に戦いたい」とだけ書かれていた。
「魅神…お前もか…」
「武蔵!ということは、お前も!?」
「ああ、この通りだ…」
武蔵の隣には、赤い短髪の大柄な青年とカラスの翼のような髷を結った神々しい少年がいた。「まさか俺もこうして現世に顕現することになるとは…」と、青年の方が辺りを見回して呟いた。
その後に続き、赤いマフラーを首に巻いた黒ずくめの青年と、濃紺の学生服の左肩に死装束をマントのように引っかけたモスグリーンの髪にオッドアイの青年、そして軍服にスカートを穿いた少女(に見えるが実際は少年だった)がひょっこりと顔を覗かせた。
「あっ、主、いたいた。…あれ?大典太光世と大包平、それに小烏丸もいる!」
「ん?お前は確か、昨日折れた忍び刀から生まれた加州清光だな」
「えっ。か、加州清光って、あの沖田総司の…!?」
「ふふふ、その通り。主、沖田くんのことも知ってるんだね」
「日本史の授業で新撰組のこと勉強したからね…。…ところで、君は女の子なの?」
「違うよ、こんな見た目だけど男なんだ。ボクは細川勝元の手にいた乱藤四郎だよー」
その姿からてっきり少女だと思っていた優は腰を抜かした。最後にオッドアイの青年が口を開く。
「そして僕は京極家に伝わるにっかり青江。それまでにも主となる武将の手から手へと次々に渡り歩いてきたけど、今の主は君だ。末永くよろしく頼むよ」
「え、うん…」
それにしても何故、刀が人の姿になったのか。気になって調べると、刀剣男士という記述に行き当たった。
「…刀剣男士、か。それなら知っているよ。未来の世界から過去に侵攻し、歴史を変えようと目論む『歴史修正主義者』の野望を阻止すべく、対抗策として生み出された名刀の付喪神だね?」
「善法寺先生!ご存じなんですか!?」
「ああ…その昔、お前達が入学どころか生まれてくる前に、色々あってね」
伊作の顔が陰ったのを、清光は見逃さなかった。「善法寺伊作とか言ったね、その『色々』についてちょっと教えてほしいんだけど」と尋ねると、伊作はぽつぽつと話し始めた(内容は割愛するが)。
「…なるほど、デジタルタトゥーってやつ?それで苦しめられ続けていたんだね…」
「そうさ、だから僕は復讐を決意した」
「復讐の鬼と化したって、板橋先輩ですか…;…まあ、でも先生のお気持ちもよくわかりますよ、あれだけのことをされて恨まない方がおかしいですって…」
優が言及した「板橋先輩」とは5年は組の用具委員・板橋羽蔵のことで、根暗かつ執念深い性格で呪いの研究をしている。
「そして、僕の復讐心に呼応して、一人の刀剣男士が僕の前に現れた。小夜左文字…それが僕の初めて契約した刀剣男士、そして今も僕を守り続けている懐刀だ」
そう言うと伊作は徐に懐から1振の短刀を取り出した。そろりと鞘から抜くと、ギラリと鋭く輝く刀身が現れる。
「一通りの復讐を終えた僕は、最早誰も信じられなくなっていた。だから、彼のことも正直、信じていいか分からなかったんだ」
不意に、刀身からはらはらと桜吹雪が舞った。そのただ中から揺らぐ影のように、優よりも背が低い、袈裟を纏い背中に編み笠を引っかけた、青い髪の少年が現れた。彼こそが小夜左文字である。
「僕の主は、最初は本当に心の扉を固く閉ざしていた。僕との契約も半信半疑という感じだったし、主になったらなったで、暫くはただ隅っこに縮こまって暗い顔をしているばかりで…」
「相当重傷だったんだね…ボクが同じ状況だったら、ボクも小夜君みたいな性格になっていたかもしれないよ…」
乱が気の毒そうな顔で伊作を撫で、にっかりは「それで、今は心の傷も大分癒えたみたいだけど、どれだけの時間を要したんだい?」と尋ねた。
「多分、地上の時間でいえば江戸後期か幕末までかかったんじゃないかな。そう簡単には、僕の心は晴れなかったよ…」
安土桃山末期から幕末までといえば数百年以上ある。それだけの長期間、伊作は癒えぬ心の傷に苦しめられていたと理解して一同は「ヒェッ…」と息を呑んだ。
「僕に付きっ切りでメンタルケアに当たっていたのが、薬研藤四郎と石切丸だった。僕の苦しみを全て受け止めてくれた…。仙蔵も僕の補佐官として、僕の心の治療をしていたんだ」
「うわぁ…相当だな…。…で、小夜と契約して審神者になったんだよね?」
「そう。その時、初期刀として名乗りを上げたのが陸奥守吉行だった。皆で相談した結果だったって言ってたよ。今は僕の思いを継いでほしくて、竜馬に託してある」
「それで誕生祝いとして、僕にこれを…」
竜馬は誕生日に伊作から貰って以来大切に腰に差している、立派な打刀をしげしげと見詰めた。するとひとりでに鞘から少し抜け出て、刀身から桜吹雪と共に一人の青年が飛び出してきた。
「ほにほに…おー、主、あの時以来じゃのぅ。ここがおまさんの新しい職場やがか?」
「やぁ、久しぶりだね陸奥守。そうだよ、僕は今教師として、そして再び忍者として仕事してるんだ」
「忍者の仕事ち危険な仕事じゃろ?けんど、それを続けられるちゅうんはおまさんの心が強い証拠やにゃぁ」
「僕なりの覚悟ってものだよ」
伊作と会話する、朝焼け色の羽織に荒波が描かれた袴を纏った青年に、竜馬は目を瞬かせていた。恐る恐る「あ、あの…」と話しかけると、青年は「おぉの、挨拶を忘れちょった!」と慌てて振り向いた。
煮詰めた糖蜜のような深い琥珀色の目が、真っ直ぐに竜馬を見据える。その輝きに、竜馬は心をぐっ、と掴まれるのを感じた。
「主もさっきちっくと言うちょったが、わしが陸奥守吉行じゃ。おんし、確か…四ツ谷竜馬とかいうたな?」
「はい…」
「奇遇じゃのぅ、わしのかつての主も龍馬ち名前じゃった」
「坂本龍馬ですね。僕の名前の由来は正にそれなんです。世界を変えるほどの存在になってほしい、って」
「ほぉー…運命やがか…わしのかつての主みたいに、世界を掴むような立派な存在になってほしいのぅ、いや、おんしならできる!わしは信じちょるき!」
正に太陽のような笑顔で、陸奥守は竜馬の頭をわしわし撫でた。くすぐったそうに竜馬が微笑む。伊作も「彼なら大丈夫だと僕は思うよ」と呟き、小夜が小さく頷いた。
「あ、そうだ、ちょっと待って」
言うなり伊作はスマホで自宅に連絡を入れた。出たのは母親で、「院長室にある薬研藤四郎と石切丸、人の姿になってない?」と突拍子もない質問をされたにも関わらず普通に答えた。
『ええ、今朝院長室の壁に掛けてあった2振が凄い光を放っていたのよ。そしたら誰も触ってないのに鞘からちょっとだけ抜けて、桜吹雪と一緒に軍服姿の子供と、神主さんみたいな格好した大男が…』
「分かった。ちょっと二人に、こっちに来るよう言ってくれない?」
『え!?ここから忍術学園って距離あるわよ!?;』
「大丈夫、彼らは神様だから。時空間を操作するなんてお手の物だよ」
『え、え…;;…ん?伊作と話したいですって?;いいけど…はい』
『ありがとなご母堂。…よう大将、こうしてあんたの声聞くのも久々だな』
「あっ、薬研!久しぶり!陸奥守と小夜も顕現してるよ!」
「おー!おんしらも顕現しちゅうがか!いやー、まっこと嬉しいのぅ、こうしてまた話ができて…」
『相変わらずだねぇ。主も無事に立ち直れているようで何よりだよ』
「転生してから新しい家族もできて、幸せな日々を送れているみたいだよ…。石切丸さん、そちらは変わったことはない?」
平然と刀剣男士と会話する伊作。傍から見ると異様な光景だが、審神者だったのだから無理もない。
暫し会話を楽しんだ後、ややあって虚空に光の穴が現れた。そこからぬっ、と現れたのは、伊作の母親が言った通りの外見の刀剣男士二人。「軍服姿の子供」の方が薬研藤四郎、「神主さんみたいな格好した大男」が石切丸だ。
「大将、それに旦那。元気でやってるようだな」
「お蔭で毎日が程よく忙しく程よく平和だよ。神域はどう?」
「あちらは最近また新しい刀剣の本霊が政府との交渉に応じてくれたようでね。そうそう、仙蔵さんかな、君のところの山鳥毛も現世に現れたようだよ」
「あいつも顕現したのか?ふふ、これは心強そうだ」
実は立花家には山鳥毛が家宝として存在している。その彼も顕現したというのだ。これで立花・善法寺両家には、竜馬に託された陸奥守も入れて総勢7振の刀剣男士がついていることになる。
「二人とも、そこにいたのか」
「善法寺先輩、東先輩!優、竜馬!…ああ、やっぱり4人も…」
そこに金吾が入ってくる。その背後には薄汚れてボロボロになった布を頭から被った金髪碧眼の美しい青年がいる。「おや、あれは山姥切国広だね」と伊作が呟く。
「山姥切!お前もいたんだね!」
「ああ。こうしてここで会えるとはな」
「忍術学園が愈々本丸らしくなってきちゅう…こりゃぁ予想外ぜよ…;」
「やっぱり、皆本先輩もなんですね…」
「ああ、でもこの山姥切国広が何処から来たのかは分からないんだ。添えられていた手紙も差出人不明だったし」
「私のも、いつの間にか存在していたんだ。もしかしたらとは思うが」
騒ぎを聞きつけた仙蔵も、腰に差している2振を恐る恐る抜刀してみた。するとどうだろう、やはり桜吹雪が刀身から溢れ出て、紫の髪も美しい青年が現れた。
「これはこれは…初期刀5振が一堂に会するとはね」
「いやー驚いたな、まさか神道や密教にも明るい忍者と共に戦うことになるとは」
「歌仙、蜂須賀!…ふふっ、これで俺達5振、一緒だね♪」
と、不意に悲鳴が聞こえ、ついでバタバタと乱太郎が泡を食った様子で転がり込んできた。
「乱太郎!どうしたんだい?」
「ぜ、善法寺先輩!起きたら私の枕元に真っ白な太刀がいつの間にか置かれていて、鞘から抜いたら桜吹雪と一緒に凄い光が溢れて、こんな人がっ…」
震える乱太郎の背後には、髪も服も真っ白な美しい青年が立っていた。彼は部屋を見回し「やぁ各々方、ここで会うとはなぁ」と楽し気に挨拶した。伊作はその青年を見て息を呑んだ。
「…鶴丸国永だ」
「えっ!?」
「織田家伝来で後に伊達政宗の手に渡り、今は皇室が所蔵し藤森神社にも写しが奉納されてる名刀だよ!乱太郎、凄いじゃないか!」
「おやきみ、俺のことを知っているのか。こりゃ驚いたなぁ」
「知っちょるも何も、わしの主じゃ。審神者じゃったき」
「なんと!審神者が忍者で教師も兼任しているとは!はっはっは、こいつは最高だな!」
「えっ…こんな凄い刀が私のところに来るなんて…えっえっ…」
「…っと、まずはこちらの彼を落ち着かせるのが先決か。大丈夫だ、安心してくれ。俺は別にきみを取って食う訳じゃない」
「い、いいんですか、私があなたの主になっても…」
「ああ、俺はきみの力になるためにここに来たんだ。君には『優しさ』という目に見えない強力な武器があるが、それだけでは不十分だろう。己の身を守るための武器も必要だからな」
「あ、え、はい、確かに…」
全く突然のことであったため状況が把握しきれていないが、乱太郎はこうして鶴丸国永と契約を結ぶことになった。
さらにタソガレドキでも刀剣男士が現れたようだ。翡翠から竜馬に連絡があったのだが、その内容がどう考えてもカオスとしか言いようがなかった…。
『竜馬君か。朝の巡回をしていた組頭が、大阪城公園の土の中から異常な気配を感じ取り、その地点を掘ってみたら一期一振が出てきたんだ…!;』
「えっ、一期一振って豊臣秀吉の刀剣で、猪名寺先輩の鶴丸国永同様皇室に所蔵されてるんでしょう?何故そんなところにあったんですか…;」
『それがまったくもって不明なんだ。恐らく秀吉の記憶の破片なんじゃないかな…一先ず殿に献上したんだけど、そうしたら人の姿になって…』
「なるほど。実はかくかくしかじかで、こっちにも刀剣男士が」
竜馬から事情を聞いた翡翠は電話口で酷く驚いたようで、スマホの受話口から「それじゃ今頃ドクササコでも鬼丸国綱が人の姿になってて大騒ぎしてるかもな…」と聞こえてきた。
「それにしてもまさか(表面上は)敵方にも刀剣男士がいるなんてねぇ…」
「運命の巡り会わせとは実に不思議なものだ…こうして違う人間のところに行くというのは僕達でも予想がつかないよ」
「まったくだ。…と、それより学園長先生に報告しないと」
「状況を整理しよう。昨日『プロ忍だらけの忍術大会』を阻止し、さらに殺蔵を抹殺しにかかった刺客が現れた。彼との交戦中、優の刀が折れた」
「はい。その時、我々の竜神丸と羽々斬が妖力を放ち、優君の刀の破片が加州清光・にっかり青江・乱藤四郎という新たな3振の刀剣に変化しました」
「そして妖力を浴びた、その場にいた皆さんの刀剣が刀剣男士として顕現するという事態に…」
「なるほど。では突然現れた刀剣についてはどう説明すればよいのじゃ?」
「さぁ…それについては完全に原理不明、としか」
「それで、刀剣男士として顕現したのは天下五剣と大包平と小烏丸、審神者にとって最初のパートナーである5振、それから…」
「僕が審神者として活躍していた頃に世話になった小夜左文字と薬研藤四郎と石切丸、仙蔵の実家の山鳥毛、乱太郎と契約した鶴丸国永、タソガレドキが大阪城公園から掘り出した一期一振です」
「そして先ほど、ツキヨタケから連絡を受けて顕現が判明した一文字則宗…」
実はさらに、一文字則宗がツキヨタケ城で顕現していた。毎度お馴染みの馬鹿5人が遁走中に崖から落ちたところ、偶然発見したのを献上したのだという。
「今のところはこの21振か。他にも顕現する刀剣男士がいるやもしれぬ。今後も調査を進めようと思うのじゃが…建家と殺蔵はプロ忍だらけの忍術大会に出場予定じゃろう。どうするのじゃ…?」
「その件については主催者と相談します。恐らく他の参加者のもとにも刀剣男士が顕現しているかもしれませんからね」
忍者と刀剣男士が出会った今、何かが始まろうとしていた――。
久しぶりの更新、お疲れ様です。
久しぶりの忍たまキャラのバトルシーン、最高でした。
明日のチャットで盛り上がりそうですね。